会長&スタッフブログ

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2026.10.10

鉄道ピク 蒸気機関車特集を今振り返る ①

  昭和41年の春私は中学生になって、大阪市立阪南中学校に通い出しました。

中学校近所の南海上町線北畠駅前にあった本屋に、参考書を買うために立ち寄ったところ、偶然鉄道ピクトリアルの4月号なる雑誌に目が留まりました。

表紙には志布志線のC58貨物列車、特大号C58特集とありました。 

思わず手に取ってパラパラとページを繰ると、C58に係わる様々な記事や全国津々浦々で活躍する写真が満載でした。 

“鉄路ゆくところC58あり” グラビアページのタイトルも粋なものでした。

もとよりシゴハチファンであった私は、参考書を買うために母親からもらった金を、思わずその鉄ピクに使ってしまいました。特大号190円。参考書を買う金は残っていませんでした。やれやれ。

帰宅すると、私はそそくさとそのC58特集にかじりついたのですが、中学生の駆け出し鉄道ファンにとって、記事内容は専門的で難解な部分もありました。それでも数多くの写真は1枚、1枚が新鮮で貴重なものに思えました。 その後はことあるごとにこの特集の記事を参考にするほど、私にとっては正にC58のバイブルと言っても過言ではないくらい重宝な存在でした。

2026.10.01

二代目 トワイライトバッグ

 先日O君から連絡があって、「お待たせしました。トワイライトバッグ出来ました」と。

やあやあ、何時になるんだろうかと首を長くして待っておりましたよ。

で、早速昨夜トワイラバッグの受け渡し会をしました。

何でも、O君奥さんのお話しでは、昨今の手芸離れもあって、材料入手難が原因で製作が遅くなったとのこと。 お手数お掛けしましたね。ありがとうございました。

9年間愛用した先代トワイラバッグがかなりヤレてきて、なんとか新しいバッグをと、二代目をO君奥さんに依頼していたものです。

バッグの生地探しに時間がかかるのは、O君から中間報告で聴いておりましたので、それほど生地の色目にこだわらんよ、と言っておりましたが、そこはそれ、奥さんにすればトライラ色にこだわりがあったのでしょうね。真面目な方ですから色目は外せないと。

さて、その二代目を手にすると、先代もしっかりと縫製され丈夫で使い勝手もよかったのですが、さらにしっかり感のあることはすぐに解ります。こだわりのトワイライトカラーもバッチリですねー。

早速今日から、二代目トワイラバッグを使わせて頂きますよ。先代バッグはお買い物専用として車に常備です。 まだまだ使いますよ。

2026.09.19

蒸機の時代 105号 C59その全盛時代へ

 

本日20日に発売される “蒸機の時代”105号が昨夕帰宅すると出版社から送られて来ていました。

今号の特集は、C59 その全盛時代へ。

C59は人気機関車ですから、今までにも各誌が特集を組んでいますし、それ以外でも様々な切り口で取り上げられることの多い機関車ですから、

掲載される写真も、もう既に発表されているもの多数かと見ていましたら、そうではありませんでした。

私が知る限りでは初見の写真も多く、中々見ごたえのある誌面で、鉄道写真撮影の諸先輩方の並々ならぬ記録には改めて感服いたしました。

今号ではまた、100号から連載のC51コレクションが6回目の最終回を迎え、1両ずつ観察してきたC51が堪能できました。

C51のラストナンバーは289号機ですが、私が小学生の時代、母親の実家豊岡に行く折、播但線経由の客レを牽引していたのが。。。確か289だったと。

そういえば、トップナンバーも豊岡にいましたね。 これは私、残念ながら記憶にございません。。。

2026.09.13

イラストNO.142 5軸動輪の4110

 イラストNO.142 はE型タンク機の4110です。

ドイツ生まれの4100というE型タンク機を改良して国産化した機関車が4110という形式で、川崎製造で1913年から1937年にかけて製造されました。

国鉄では奥羽本線米沢~庭坂間、九州は肥薩線の人吉~吉松間の勾配区間では戦後まで、また私鉄では北海道の炭鉱専用線で昭和40年代まで使用されました。

さてイラストでは、動輪1軸でも描くのに難儀しますが、それが5輪もありますので相当苦労し時間もかかります。

私は実車を見たことが無く、描くにも想像しながらという部分も多く苦労しました。

タンク機と言えども5軸動輪の大型機で、ボイラー中心位置が高く、煙室前面とシリンダー前面とがツライチ、大きなサイドタンクと複式コンプレッサャー、迫力ある姿の機関車です。

黒煙を上げて勾配区間を力走する姿を見てみたいものですね。

2026.08.15

イラストNO.141 播但線の快速たじま

 イラストNO.141は私の地元、播但線野里を往く“快速たじま”を描いてみました。

快速たじまについては、現在の“特急はまかぜ”の元祖ということで、その存在は知っていたのですが詳細が分からず、いつものお助けマンS君に教えてもらいました。

最初の列車は昭和27年に運行が開始された大阪~城崎間の不定期列車とのことです。後に幾多の変遷を経て、今の“はまかぜ”に至る70年以上の歴史を持つ列車なのですね。

S君からもらった資料を見ますと、運転時分は今とそう変わらないのには驚きます。さすがに生野越えあたりでは時間がかかりそうですが、福崎~姫路間は22分間で走破しますから、中々の快足、ですね。

当時の牽引機はC51、C54の共通運用だったようで、この“快速たじま” はC51、C54の重連ですから、何とも素晴らしい播但線、山陰本線限定のゴールデンコンビです。

野里は私の地元と書きましたが、この場所は国道312号線の姫豊バイパスすぐ横、野里大日町という場所です。

今ではこの一帯も大きく様変わりして、昭和30年代の面影などは微塵もありませんが。

C51274号機は、パイプ煙突が残念ですが、変形後藤工場デフに後藤工場標準整備車検修マークが誇らしげなカマです。

ちなみにこのイラストの元写真は蒸機の時代掲載Hさんの写真を拝借しています。ご容赦ください。

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