社長&スタッフブログ

社長&スタッフブログ一覧

2022.11.29

イラスト NO.107 敦賀のDD50

  DD50は我が国初の本格的本線用DLとして主に北陸本線で活躍した機関車です。

生まれは昭和28年ですから私と同い年なんですね。

私がこのDD50の写真を撮った頃は、既に本線運用から外れて米原~田村間のつなぎで走っていた時代ですから、もう運用末期だったのですね。

米原のヤードで休車となり放置されていた時の写真を撮影したのも懐かしい思い出です。

イラストは本線運用で活躍していた昭和30年代の、ブドウ色塗装に白帯の姿で、

背中合わせの重連は3、5号機の一次型と二次型のコンビです。

今回のイラストは、このDD50の顔に苦労して、何回も何回も書き直して時間がかかってしまいましたが、海坊主とあだ名された顔つきが上手く表現出来たでしょうか?

2022.11.04

イラスト NO.106 長野の862号機

  この度はちょっと活躍の場が違う、長野のD51 862号機を描いてみました。

862号機は準戦時型とでも言うのでしょうか、煙室前部の上部が切り取られ、カマボコドームの変わり種で、長野工場型切り取りデフや集煙装置、キャブへ外気を導入する装備、エンドビームの白髭ラインなどもカッコいい機関車です。

私が蒸機の写真を撮っていた時期には中央西線で活躍していましたが、その前には篠ノ井線などでも走っていたようで、姥捨の山道も上り下りしていたのでしょう。

今、HOのD51改造で、862号機もどきの製作を予定しているのですが、さて、862のネームプレートは市販されているのでしょうか?

    

2022.09.23

イラスト NO.105 C58 175号機だいせん

  

 今回のイラストは、前回に続いて中国地方に活躍したシゴハチとなりました。

「だいせん」のヘッドマークも誇らしげに、出区準備をする175号機の雄姿です。

このイラストの元写真は、大阪の知人S君から頂いた新見機関区で休車中の175号機ですが、休車中では寂しいので、「だいせん」のヘッドマークと出区前の情景にアレンジして描きました。

ちなみに、この「だいせん」のヘッドマークはDCに掲げられていたもので、シゴハチ用ではないのですが、デザインと文字はほとんど変わらないのでチャッカリ

シゴハチに拝借したものです。

 ヘッドマークの写真もS君から頂いたもので、よくもまあS君もこんなヘッドマークの写真を撮っていたものですね。

実はこのイラストを描くにあたって、時代考証を様々な資料で行ったのですが、175号機が「だいせん」を牽引していた昭和30年代後半に換装された鷹取型集煙装置

付きの姿で「だいせん」を牽引したのかどうかは分からずじまいで、どなたかご存じないですか?

2022.09.03

イラスト NO.104 津山機関区に憩うC58

  シゴハチの241号機と言っても、何も特別な機関車ではなくて、ごく普通のシゴハチです。

私がこの機関車を撮影していた頃には津山区所属で姫新線や伯備線を走っていましたが、昭和46年、姫新線、伯備線のDL化により、遠くは青森県八戸の尻内区に転属となります。

そして昭和47年3月、廃車になるまでの1年間を八戸線で活躍しました。

仕業の合間、機関区に憩う241号機を眺めていると、キャブの窓を2枚とも、おまけにドアも外していますので、力行でトンネル突入となると相当な煙攻撃になったことでしょう。

多くのシゴハチがコンプレッサーを単式から複式に換装したのですが、昭和40年頃の撮影では単式のままですね。

2022.08.16

イラスト NO.103 上郡船坂のカーブを往く59

  山陽本線の兵庫県と岡山県の県境には船坂越えという、重量列車にとっては難所とも言える勾配区間があります。

今でも上郡~三石間の撮影名所として有名な船坂のカーブを C59 116号機牽引の急行「さつま」10連がやって来ました。

上り列車にとっては、難所の船坂越を済ませ、落地、梨ケ原、船坂と、鉄路はカーブを下り込み、ここから上郡へ向けてしばらくは直線区間を軽やかに飛ばします。

船坂の大カーブのキロ程表示はここで 98・1/2 

山陽本線の起点である神戸からここまでは98,5Kmということですね。

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